高田純二は言った。
歳をとってやっちゃいけないことは「説教」と「昔話」と「自慢話」だと、この言葉が妙に刺さって長い間、自分語りを避けてきた。
Groovy Nuts誕生に至るまでの物語
を説明してきていない。
結局スタッフからも聞かれるし、取材を受けても聞かれる。
聞かれて答えたことのパーツだけがこぼれて正確な出来事や心情からズレて伝わったりする。
ある時気付いた、これ自己開示してなくね?不便を感じる様になってる。
信頼関係を構築するにはまず自分を知ってもらう事から始まる。
と、言うことでGroovy Nuts誕生までの夜明けをまとめます。
かなり正直に綴ろうと思います。
Groovy Nuts誕生の一年前、時は2013年の夏にある仕事を担当していた。
2020TOKYOオリンピック招致のプレゼン映像の仕事だ。
東京、マドリッド、イスタンブールの3都市の中から1都市に開催権を与えられるプレゼンが2013年9月8日にブエノスアイレスで行われる。
東京側では、今は亡き安倍晋三元総理がスピーチを行ったのち、プレゼンの最後に上映される映像の制作に3名のプロデュサーのうちの1人として参加していた。
仕事の内容は海外4カ国での撮影のプロダクション。
ケニア、フランス、ブラジル、アメリカだ。
アメリカのNYとLAは直接自分で担当した。
NYとLAにはそれぞれ自分なりの物語があった。
NYは2〜5歳まで住んでいたし、LAは29歳の時に日本のマンションを引き払い3ヶ月過ごしてリセットした街。
何か運命的ものを感じた。
そしてNY、海外にいてもやることは同じだ、打合せをする→

撮影をする→

今回編集はなし→予備日が空いたので幼少期(2〜5歳)に住んでいた7番線の終点駅フラッシングのStaunton apartmentsへ行った。

<子供の頃のNYの思い出>
Staunton apartmentsの14階、子供部屋の窓から見える景色が大好きだった。
特に夕方、大きなガラス窓に手をついて遠くのマンハッタンを眺めながら手前の飛行場から離発着する飛行機の姿を目で追う。
ディテールを拾うと車が走っていたり、野球場も近くにある。飽きなかった、ずっと遠くを見てた。
日本に帰る日に何よりも寂しかったのは窓からの景色を失うことだった。
大人になったらまた来ようと誓った。
Staunton apartmentsのロビーを抜けてエレベータに乗る、最上階のボタンを押す、階段を1階分登って屋上の扉を開けると、、

33年振りのマンハッタンの景色。

再びこの景色を見た時には、だいぶおじさんになってた。
ここでカチッと伏線を回収した音が聞こえた。
Groovy Nuts誕生へ一歩近づいた。
LAの話は長くなるので省きます。

ここでもカチッと伏線を回収した音が聞こえた。
Groovy Nuts誕生へまた一歩近づいた。
色々あったけどプレゼン映像は無事に完成した。
TOKYO開催決定の瞬間。

映画少年だった私が、長い時間をかけて伏線を回収し終えた先に待っていたのは、映像製作を職業とするフェーズが驚くほど静かに閉じていくことだった。
次に何をするのか長い散歩に出ることになる。
仕事をセーブしてこの時期はとにかく歩いた。
検索型の散歩。

山へ行って星を見たり、
夜明けの海に行ったり、
2014年3月12日の夜に散歩していたら<空店舗>の貼り紙を見て強烈に引っ掛かった。
「中目黒のこの場所熱いな」これがGroovy Nutsの始まり。
実は場所ありき。

それは幼少期はNY、小学生からは代々木で育ってきたから街に対する独特な感覚があった。
小学生の時、街の先端は新宿だった。
学生運動、JAZZ、家電量販店、演劇、デパートが存在し、歌舞伎町に行けば不良がいた。
中高生になってその先端は原宿、渋谷へと流れた。
古着、アメカジ、チーマー、バイク、シネマライズ。
大人になって恵比寿と代官山に先端は別れた。
恵比寿はアトレ完成と共に止まり、代官山は朝倉の坂を下って中目黒に来る予感がしてた。
その時期は色んな街を歩いていたから確信があった。
特に山手通り沿いドンキホーテ向かい、LDH本社からGOLDEN BROWN(ハンバーガー屋)までの並びが熱を帯びて見えてた。
そんなど真ん中の物件だった!
翌日朝イチで内見を申し込んだ。
何をすると決まっているわけではない。
申し込みをしてみたけど人気物件で何の店をやるのかを大家さんにプレゼンする必要に迫られた。
その日の夜、そういえば、招致活動で出会ったアスリートの方々ナッツ食べてたな、NYでお世話になったプロダクションの深山社長がナッツのお土産を持って来てくれたな、とか思い出し点が線になって泉のように湧いてきたアイディアが日本初のナッツ専門店だった。
広告映像でプレゼンに慣れていたのもあり無事に物件を契約出来た。

そこからが長かった、ロールモデルがないので手探りで空間を作った。

少しずつね、

結果、こうなった。

2014年8月22日
ナッツ業界にて働いたこともなく、親にも親戚にも、その業界に関わる人はいなかった。
何もしがらみも、受け継いだものもない。
そんなところからGroovy Nutsは誕生した。
あれから12年。
そして今日2026年8月22日13年目に突入する。